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特許原稿のチェック方法(1)

三谷拓也 | 2021/01/25
特許原稿は、請求項(claim)特許明細書(patent specification)図面(drawings)を含みます。
請求項は発明を定義します。特許明細書と図面の役割は発明を説明することです。

請求項が基準


請求項によって権利範囲が決まります。
特許審査は請求項を基準として行われ、権利行使も請求項が基準になりますので、請求項の記載は重要です。 


請求項に記載されている言葉の意味がわかるか、請求項の記載から発明を正しくイメージできるか、発明を表現する上で不要な記載がないか、必要な記載が抜けていないか、など請求項のチェックポイントはたくさんあります。

一番大切なことは、請求項がいわんとすることを第三者として理解できるか(明確性)です。
請求項が意味不明のときには、特許権を取得できませんし、権利行使も難しくなります。

明確性の確認


請求項の明確性は、2段階に分けてチェックします。

第1段階:請求項の言葉が特許明細書に書いてあるか
第2段階:請求項の言葉の意味を明確に解釈できるか

例として、人に対して好き嫌いの感情を持ち、イヤな奴を見つけたら逃げ出すロボットXを発明したとします。
ロボットXについて、下記のような請求項をつくりました。

ロボットの移動方向を決定する移動判断部と、
ロボットを移動させる駆動機構と、
人物に対する親密度を更新する親密度管理部と、を備え、
移動判断部は、所定の閾値よりも低い親密度を設定される人物を認識したとき、この人物から遠ざかるように移動方向を決める自律行動型のロボット。

第1段階の確認


この請求項には「移動判断部」「駆動機構」「親密度管理部」という3つの構成要件があります。
第1段階として、請求項に含まれるキーワードが特許明細書にも記載されているかを確認します。

特許明細書に「移動判断部」についてまったく記載されていなければ、発明の基本概念の説明がないことになりますので、特許権を取得できません。
特許明細書の中に「方向指示部」が記載されており、これが請求項の「移動判断部」に対応することがわかるのであれば大丈夫です。
請求項と特許明細書の間での厳密な用語統一を求められるわけではありません。
しかし、特許明細書に「移動判断部」に相当する概念がまったく見当たらないときには致命傷となります。

上記の構成要件以外にも、この請求項には、「親密度」「所定の閾値」など説明を必要とする言葉が含まれています。
これらの言葉に対応する概念も特許明細書から抜け落ちていないかをチェックします。
たとえば、特許明細書に「親密度」に関する記載がなければ、親密度が何を意味するのか不明であり、したがって権利範囲も不明確となるので特許権を取得することはできません。

このように、第1段階では、請求項に含まれている言葉のうち、特許明細書から欠落しているものがないかを確認します。
請求項に書いてあることは、特許明細書にもきちんと書いてある、そういう状態になっていれば第1段階はクリアです。

第2段階の確認


第2段階として、請求項に含まれている用語が明確に説明されているかを確認します。
たとえば、「親密度」がなんなのか請求項の記載だけでは意味がわかりません。
したがって、特許明細書では、「親密度」とはどんなものなのか(定義)親密度をどうやって更新するのか(メカニズム)どのようなときに親密度が変化するのか(具体例)、についてわかりやすく説明する必要があります。

親密度の定義は「人物ごとに設定され、ロボットと人物の関係性を示す指標値である」とします。
人物とロボットの関わりによって、ロボットは親密度を変化させる、とします。
ロボットは、画像認識、特に、顔認識により人物を識別します。
たとえば、人物Aがロボットを蹴飛ばしたとき、ロボットは人物Aを画像認識し、物理的衝撃を加速度センサにより検知し、人物Aに対する親密度(内部パラメータ)を低下させます。
このほか、人物Aをしばらく視認できなければ、ロボットは人物Aの親密度を徐々に低下させます。
あるいは、人物AがロボットXをじっと見つめると、ロボットは人物Aに対する親密度を上昇させます。

このように、親密度の定義だけでなく、親密度を変化させる条件や、条件判定の具体的な方法を例示することで「親密度」という概念は明確化され、その意味も拡大されます。

発明にとってキーポイントになる概念は手厚く説明します。

明確性と拡大性を両立させる


もし、将来、他社がロボットYを作り、このロボットYに特許侵害の疑いがあるとします。
ロボットYを蹴飛ばしてみて、ロボットYがだんだん自分を避けるようになれば、このロボットYは「親密度」のようなパラメータをもっているらしいと推測できます。

親密度について特許明細書で十分に説明ができていない場合、他社としては「ロボットYは親密度という名前のパラメータはつかっていない」「ロボットYは信用度というパラメータを使っているが、これは親密度とは異なる概念である」といった反論をするかもしれません。

特許明細書において「親密度」についてしっかりと説明がされていれば、発明者が想定している「親密度」と同じような技術思想に基づいてロボットYが設計されていると認定できますので、特許侵害と認定しやすくなります

「親密度」の明快な定義と豊富な具体例により、「親密度」のイメージを明確にすることにより、ロボットYを射程(権利範囲)から逃げられないようにします。

請求項に含まれている言葉、特に、発明のポイントに関わる言葉が、特許明細書にきちんと記載されていること、明快かつ十分な解釈余地を持つように定義されていること、解釈の可能性を十分に拡がるように手厚い例示があることをチェックすることで、特許になる可能性も権利価値も高めることができます。

参考:「特許法第36条違反」「特許侵害をギリギリで回避する