複数の子どもは、チームに分かれ、スポンジ製の刀で敵チームと戦います。
参加者(兵士)は紙風船を身につけ、この紙風船(命)を割られるとアウト(戦死)となります。
花まる学習会(株式会社こうゆう)は、このサムライ合戦についての特許権(特許第6178530号)をもっています(以下、「花まる特許」とよぶ)。
遊具の発明
花まる特許の出願時の請求項1(以下、「出願請求項」とよびます)は下記の通りです。
【請求項1】
球状部材と、前記球状部材が取り付けられる第1粘着テープと、着衣に貼り付けられる第2粘着テープとを備え、
前記球状部材が貼り付けられた第1粘着テープを、前記着衣に貼り付けられた第2粘着テープに貼り付けることにより前記球状部材が着衣に装着され、刀身が合成樹脂からなる疑似刀を用いた合戦ゲームに用いられることを特徴とする教材遊具。
サムライ合戦に使う遊具のうち、参加者(兵士)にとっての「命」である紙風船に関わる部分が権利対象になっています。
請求項1の構成要件を分けて書き出すと、下記の通りです。
A1.球状部材(ボール)と、第1粘着テープと、第2粘着テープを備える。第1粘着テープは球状部材(ボール)に貼り付けられ、第2粘着テープは参加者の着衣(服)に貼り付けられる。
A2.第1粘着テープと第2粘着テープを貼り合わせることで、参加者の着衣に球状部材(ボール)がくっつく。
A3.この教材遊具は、合成樹脂の擬似刀を用いた合戦ゲームのために使うものである。
出願人は、上記の教材遊具(球状部材と2枚の粘着テープ)について特許権(独占権)を申請しました。
これに対して、審査官は、この発明には特許性がないとして拒絶します。
要求・拒絶・妥結
出願人は、拒絶理由を通知された後に権利範囲を補正(修正)しました。
補正とは、請求項の記載を変更することにより、権利請求の範囲を狭めることで既存技術との違いを明確化することです。
この補正により、出願人は特許査定を受けています。
特許査定となったときの請求項1(以下、「特許請求項」とよびます)は下記の通りです。
下線部分が補正により追加された箇所です。
【請求項1】
球状部材と、前記球状部材が取り付けられる第1粘着テープと、着衣に貼り付けられる第2粘着テープとを備え、
前記球状部材が貼り付けられた第1粘着テープを、前記着衣に貼り付けられた第2粘着テープに貼り付けることにより前記球状部材が着衣に装着され、刀身が合成樹脂からなる疑似刀を用いた合戦ゲームに用いられ、
前記球状部材は紙風船であり、
前記第1粘着テープは、球状に膨らませた紙風船の吹込み口に密着して、吹込み口を封鎖する粘着力を有しており、丸められた輪形状となって用いられ、
前記第2粘着テープは、着衣に対して剥離可能な粘着力を有することを特徴とする教材遊具。
請求項1には、上記3つの構成要件A1-A3に加えて、新たに次の4つの構成要件(限定条件)B1-B4が追加されています。
B1.球状部材は紙風船である。
B2.第1粘着テープは、紙風船の吸込み口を封鎖する。
B3.第1粘着テープは、輪形状となっている。
B4.第2粘着テープは、着衣から剥離可能な程度の粘着力である。
A1-A3のみならず、B1-B4も備える遊具でなければ、特許侵害とはなりませんので、出願請求項のときよりも特許請求項の権利範囲は狭くなっています。
たとえば、補正により、紙風船以外の球状部材は権利範囲外となりました。したがって、ゴムボールを使って似たような遊具をつくっても特許侵害にはなりません。
出願人は、請求項1について出願請求項として最大限の権利範囲を要求し、審査官はこれを拒絶しています。出願人は、出願請求項を補正することで権利範囲について少し妥協し、特許査定を受けています。
このように、特許審査においては、最大限の権利範囲を要求し、いったんは拒絶され、双方が折り合えるところで特許査定になるというのが典型的な流れとなります。
たくさん妥協すれば特許権を取得しやすくなりますが、妥協しすぎると特許回避が容易になります。
特許権としての威力を守りつつ、特許権を取得できそうな最適地点を読む必要があります。
たとえば、「紙風船」以外の球状部材では不都合が生じるのであれば「紙風船」という限定をしたとしても特許権の価値はそれほど落ちません。
一方、安易な補正(妥協)をしてしまうと、特許権を得たとしてもその威力は激減します。
知的財産として公言
「花まるサムライ合戦」は花まる学習会が何年も行っている有名な遊びです。
しかも、「花まる特許」という独占権を取得することで、花まる学習会は「花まるサムライ合戦」は自社の知的財産であると公言しているともいえます。
「花まる特許」により「花まるサムライ合戦」という企画を守る意思を示すことで、他社は同じようなイベントを企画しづらくなります。
守れないものを守る
本来、特許法は「花まるサムライ合戦」のようなスポーツのルールは保護対象としません。
しかし、スポーツに使用する器具であれば保護対象となります。
器具に特許権(独占権)をつけておけば、結果的にはオリジナル・スポーツというアイディアを独占するのと同じことになります。
スポーツをするためには器具が必要であり、器具が特許権で保護されていればそのスポーツをすることができないからです。
サムライ合戦で使用する器具は、「紙風船」と「刀」ですが、刀には特徴がないので特許申請の対象とはせず、紙風船で権利化するという方針になったのではないかと推測されます。
特許法の保護対象にならないアイディアでも、そのアイディアを実現するために必要な要素から保護対象にできそうなものをみつけることで、守れないものでも間接的に守ることができます。
参考:「特許の効力の強化と確保」「雪見だいふくを守る特許」