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野口五郎さんの特許戦略

三谷拓也 | 2018/03/19
歌手の野口五郎さん(本名:佐藤靖)が副業で大成功している、というニュースを読みました。野口さんのアイディアをフォネックス・コミュニケーションズという会社が事業化したそうです。気になったので、野口さんが発明者となっている特許(4件)を読んでみました。



882号特許


第1弾の特許第4859882号(以下、「882号特許」とよぶ)は、2008年に出願されています。
対価を支払ったユーザだけを対象として、デジタルコンテンツ(音楽データなど)を配信する仕組みに関する基本特許です。

まず、レコード店は、データコード(QRコード(登録商標)を想定?)を印刷されたチケットT1を販売します。チケットT1にはデジタルコンテンツD1が対応づけられています。ユーザP1は、レコード店でチケットT1を買います。
ユーザP1は、自分の携帯電話M1(注:この特許は古いので、スマートフォンは想定されていない)でチケットT1のデータコードを読み込むことでサーバにアクセスすれば、デジタルコンテンツD1をサーバから携帯電話M1にダウンロードできます。
サーバは、ユーザP1(携帯電話M1)からデジタルコンテンツD1の最初の取得要求を受信したとき、デジタルコンテンツD1に携帯電話M1の機種固有情報(製造番号など)を対応づけておきます(利用者登録)。ここにポイントがあります。この結果、ユーザP1には、より厳密には、ユーザP1の携帯電話M1には、デジタルコンテンツD1をダウンロードする権利が与えられます。ユーザP1は、以後、携帯電話M1を使ってサーバにアクセスすれば、デジタルコンテンツD1を何回でもダウンロードできます。当時は、携帯電話の記憶容量が小さかったので、デジタルコンテンツD1の利用に際しては毎回サーバからダウンロードするような仕様を想定していたようです。

いったんサーバでデジタルコンテンツD1の利用者登録をしてもらえれば、以後、チケットT1は不要です。チケットT1をユーザP1以外のユーザP2が手に入れてサーバにアクセスしても、ユーザP2の携帯電話M2の機種固有情報は、デジタルコンテンツD1に対応づけられていないので携帯電話M2へのダウンロードは拒否されます。

機器固有情報以外の情報、特に、個人情報をシステムに提供する必要もありません。ユーザはチケットを買って、データコードを使ってサーバにアクセスするだけなのでとても手軽です。また、デジタルコンテンツのダウンロード先を「対価を支払ったユーザの携帯電話」に限定できますので、アーティストは著作権を守りつつCD以外にも販路を拡大できます。「機器固有情報」によってユーザを認証する仕組みにこの発明の妙があります。発想自体はとてもシンプルです。

997号特許


第2弾の特許第6032997号(以下、「997号特許」とよぶ)は、4年後の2012年に出願されています。
997号特許は、882号の補強版みたいな特許です。チケットの販売者が、複数のチケットに対してまとめてデジタルコンテンツを対応づけたり、まとめて削除したりできる、という内容です。

997号特許は、ライブ・コンサートの終了後、データコードが印刷されたチケットを観客に販売するシーンを想定しています。チケットには、ライブ・コンサートの録音データがデジタルコンテンツとして対応づけられます。スタッフはライブ・コンサートの録音データを作り、サーバに録音データをアップロードし、大量のチケットに録音データを一気に対応づけておきます。ライブ・コンサートの終了後、観客はチケットを買い、882号特許の仕組みを使ってサーバにアクセスすれば、手持ちのスマートフォンでライブ・コンサートをもう一度楽しめます。997号特許は、「ライブを持ち帰る」というコンセプトが色濃く出ています。

997号特許の段落【0002】には、

本発明者(注:野口さんのこと)は、芸能音楽の世界に飛び込んで42年目を迎え、音楽の流行の変化や販売の変化等を、目で見、肌で感じてきた。アナログからデジタルへ移行する際は、著作権等の問題を解決しないままスタートすることに疑問もあった。しかし、どんなにデジタル化が進んでも歌い演じ、それを見て聴くのはアナログ的存在の人間である。1970~90年代であれば、夜間のTV番組「夜のヒットスタジオ」「ザ・ベストテン」等々で好みの曲に感動した視聴者が、翌朝起きて通学通勤し、その帰りに商店街にあるレコードCDショップに寄り、昨日好んで感動した楽曲を購入するという流れがあった。今は便利にデジタル化された世の中で、昨日の感動を翌日の夕方迄覚えていられるものではないかもしれない。しかし、パフォーマンスを観て聴いた直後は熱い感動は残っている。このことは、本発明者も、5月に新曲をリリースして、ライブ・コンサート・握手会等をした際に実感している。

とあり、音楽ビジネスの現場にいる人ならではの思いが感じられます。

357号特許


第3弾の特許第6091357号(以下、「357号特許」とよぶ)は、更に1年後の2013年に出願されています。
357号特許は、旧機種から新機種に機種変更したとき、旧機種にダウンロードしたデジタルコンテンツを新機種に引き継がせる方法に関します。スマートフォンが普及し、多数のデジタルコンテンツをスマートフォンに保存できるようになったことから、このような引っ越しサービスの必要性に鑑み、特許出願したと思われます。

357特許でも「ライブを持ち帰る」というビジネスが想定されています。フォネックス社のホームページを見ると、357特許も事業化されているようです。

178号特許


第4弾の特許第6192178号(以下、「178号特許」とよぶ)は、更に2年後の2015年に出願されています。
178号特許は、観客からアーティストにリクエストして、専用のデジタルコンテンツを手に入れる仕組みに関します。ライブ・コンサートに申し込んだユーザは、「リクエスト権」のオークションに参加できます。リクエスト権を手に入れたユーザは、アーティストに読み上げてもらいたいメッセージを伝えます。アーティストはメッセージを読み上げ、楽曲を演奏します。このときの録画データがプレゼントされます。

178号特許には、

イベントへの参加を促すことを通じてアーティストを支援する(【0006】)
CDが売れない現在の状況ではアーティストにとってライブやコンサートの比重が高まっている(【0006】)
オンラインでの楽曲のダウンロード販売の普及などが原因でCDが売れなくなり、音楽関係のアーティストはライブやコンサートなどに注力せざるを得なくなってきている(【0007】)

という記載があり、このあたりに音楽業界の変化に対する野口さんの現状認識や問題意識が感じられます。リクエスト権という特典により、ライブ・コンサートに観客を集めたいという意思が発想の根底にあるのだろうと思われます。

ライブを持ち帰る


野口さんの一連の特許によって提案されたシステムは、「テイクアウトライブ(登録商標)」という名称で事業化されています。野口さんはフォネックス社に特許を事業化してもらい、フォネックス社は野口さんに対して特許使用料(ロイヤリティ)を支払う、という関係になっているのではないかと推測されます。

機器固有情報を使ってユーザを識別するという882号特許の発想も秀逸なのですが、ライブ演奏に感動したら「そのときの」ライブ演奏をもう一回楽しみたい、というニーズを見つけたところが慧眼だと思います。
ライブ演奏は、本来は1回きりのものです。ライブ演奏を録音したCDやDVDを販売することは昔から行われていますが、それは、何回も行われるライブ演奏のうち、「自分が聴いたときのライブ演奏」とは限りません。テイクアウトライブは、「自分が聴いたときのライブ演奏」をライブ・コンサートの終了時に持ち帰ることができます。スタッフは、ライブ・コンサート中にこれを録画してデジタルコンテンツを作り、すぐにサーバにアップロードします。そして、余韻醒めやらぬ観客にチケットを販売することで上記のニーズに応えます。デジタルコンテンツには著作権管理の問題がつきまといますが、882号特許によりこれを解決しています。これら4つの特許にはおもしろいアイディアがほかにもいろいろと書いてありました。

なお、882号特許に比べると、997号特許や357号特許の発想はそれほど突き抜けたものではありません。しかし、「ライブを持ち帰る」というビジネスを考えるとき、997号特許や357号特許に記載されている仕組みは欲しいところです。こういうアレンジ・ポイントも丁寧に特許で押さえ、ビジネス・スキームを多面的に守っています。