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従属項をなぜ作るのか

三谷拓也 | 2018/11/04

独立項と従属項


特許権の権利範囲は「請求項(クレーム)」とよばれる項目により定められます。
たとえば、下記のような2つの請求項を含む特許権P1を想定します。

【請求項1】
ボタン1を押すと、適量の飲み物が出てくる装置。
【請求項2】
ボタン2を押すと、更に、氷も出てくる請求項1に記載の装置。


請求項1は「ボタンを押したら適量の飲み物が出てくる装置(特徴A)を無断で作ったり売ったりしてはいけない」ことを意味します。
請求項2は「あるボタンを押したら適量の飲み物が出てくるし、別のボタンを押したら氷も出てくる装置(特徴A+特徴B)を無断で作ったり売ったりしてはいけない」ことを意味します。

請求項1を独立項(independent claim)といい、請求項2のように他の請求項(この場合、請求項1)に依拠して権利範囲を定める請求項を従属項(dependent claim)といいます。

請求項1に抵触する製品は、請求項2に抵触するとは限りません(例:飲み物は出てくるが氷は出てこないカップ式自販機(特徴Aのみ))。しかし、請求項2に抵触する製品は請求項1にも必ず抵触します。

独立項の権利範囲は従属項のそれよりも常に広いといえます(※ごく稀に例外はあります)。

そうなると、独立項よりも威力が落ちる従属項は不要なのではないか、という疑問が出てきます。

従属項を作る理由


・権利化の可能性を探るため

出願人は特徴Aに特許性があると思っていても、特徴Aだけでは特許査定にならないかもしれません。しかし、特徴Aに特徴Bを追加すれば特許性を認められる可能性は高まります。単に飲み物が出てくるだけの装置よりも氷まで出てくる装置の方が便利だし、いっそう工夫されていると考えられるからです。

請求項1(独立項:特徴A)しか記載しなかった場合、請求項1の特許性が否定されると請求項1をどのくらい直せば特許権が得られるのか合格ラインを判断しづらくなります。

請求項2(従属項:特徴A+特徴B)を記載していた場合、請求項2については特許性ありという判断が示されれば、請求項1をあきらめて請求項2で妥協すれば特許権を取得できると確信できます。

請求項1(特許性なし)よりも狭く、請求項2(特許性あり)よりも広い請求項を作ることも考えられます。たとえば、「氷」まで明示しなくても「ボタン1を押すと適量の飲み物が出てくるが、ボタン2を押すとこの飲み物の温度や濃度を調整するための材料(氷や湯など)も出てくる装置」というレベルでも特許化できるかもしれません。

・権利化したいポイントを漏らさないため

特許明細書の中に記載されているアイディアであれば、後日、それを請求項に格上げすることも可能ですし、既存の請求項の補正(修正・追加事項)に使うこともできます。

しかし、後日、請求項にできそうなアイディアを特許明細書から探す作業は面倒くさいともいえます。見落としもあり得ます。
この探索作業に時間をかけるくらいなら、出願時に認識している工夫点は漏れなく従属項として記載しておく方があとあと楽だともいえます。多少コストがかかっても、仕事を効率化できるのならその方がいいという考え方です。

また、特許明細書にアイディアを記載しても、それを請求項に格上げできるほど精密に書いているとは限りません。出願時にアイディアを従属項にしておけば、審査を意識して特許明細書も記載することになりますので、権利化しやすいともいえます。

従属項を残す理由


特許権は、成立後も無効になる可能性があります。
たとえば、特許権P1は請求項1(独立項:特徴A)のみを含んでいたとします。もし、後日、特徴Aを記載している文献D1(ただし、特徴Bは記載されていない)が新発見されると、この特許権P1は後発的に無効化されます。

しかし、特許権P1に請求項2(従属項:特徴A+特徴B)があれば、請求項1は潰れても請求項2は生き残ります。従属項があれば、特許権P1全体が無効化されるリスクを減らすことができます。

例として、会社Xは、特徴Aと特徴Bを備える製品Yを販売しているとします。

(事例1)
特許権P1に請求項1(独立項:特徴A)のみが記載されているとします。製品Yが特徴Aを備えている以上、特許侵害です。
会社Xは、特徴Aを記載している文献D1(無効文献)を見つけたとします。そうなると特許権P1の唯一の請求項1は無効になります。
特許権P1は消滅するので、製品Yは特許侵害ではなくなります。

(事例2)
特許権P1に請求項1(独立項:特徴A)と請求項2(従属項:特徴A+特徴B)が記載されているとします。
文献D1(特徴A)を探し出すことができれば、特許権P1の請求項1は無効になりますが、請求項2(特徴A+特徴B)は生き残ります。製品Yは請求項2の権利範囲に入りますので、相変わらず特許侵害です。

特徴Aだけ記載する文献よりも、特徴Aと特徴Bの両方を記載する文献を探す方が難しいので特許権P1は生き残りやすくなります。

請求項1なら潰せるかもしれないが、請求項2を潰すのは難しそうとなると、会社Xの抗戦意欲(無効文献を探し出そうという意欲)をくじくことができます。

(事例3)
特許権P1に請求項1(独立項:特徴A)と請求項2(従属項:特徴A+特徴C)が記載されているとします。文献D1(特徴A)により請求項1は無効になりますが、請求項2(特徴A+特徴C)は生き残ります。

製品Yは特徴Cを備えていませんので、特許権P1は生き残るものの特許侵害ではなくなります(無力化)。事例3の場合、請求項2(従属項)は製品Yに関する限り「空振り」しています。

従属項をつくるときには、特徴Aを備える製品であれば装備したくなると思われる機能を想像する「未来予測力」が重要です。上記例の場合、製品Yに関する限り特徴Bを従属項にした意味はありましたが、特徴Cには意味がなかったと言えます。

従属項のコストパフォーマンスは以上のような観点から決まります。根拠がはっきりしない従属項には存在理由はありません。

分割出願のための従属項


分割出願の可能性を探る上でも従属項は役に立ちます。
たとえば、
請求項1(独立項)=A
請求項2(従属項)=A+B(=請求項1+B)
請求項3(従属項)=A+B+C(=請求項2+C)
請求項4(従属項)=A+B+D(=請求項2+D)
とします。

審査の結果、請求項1,2は特許性がないが、請求項3,4には特許性があると認定されたとします。

この場合、請求項1,2を諦めて、
請求項1(独立項)=A+B+C
請求項2(独立項)=A+B+D
とすれば特許査定を受けることができます。

請求項3,4が認められたということは特徴C,Dに特許性があると解釈することができます。したがって、「A+C」「A+D」という請求項でも特許権を取ることができるかもしれません。
もしかしたら、「B+C」「B+D」「C+D」あるいは「C」だけや「D」だけでも権利化できるかもしれません。

従属項を作っておけば、いったん特許権を取得したあと、別の特許権を分割出願等で狙えるか検討しやすくなります。

特に、ソフトウェア発明では小さなアイディアがちりばめられていることが多く、当初狙っていた基本線のアイディアとは別のポイント(工夫点)の方がむしろ高価値と判明することはよくあります。

逆に、他社の特許明細書に書かれていることで「ここを権利化されていると大変なことになっていた(記載だけで請求項になっていなかったので助かった)」という場面は多々あります。

特許権をとったあとでも、別のパターンで権利化できないか検討することも大切です。