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特許明細書は長い方がいいのか

三谷拓也 | 2019/02/10
特許明細書に何をどのくらい書くべきかについての決まりはありません。
たっぷり書いても、充実した特許権になるとは限りません。
短い特許明細書がダメと言うこともありません。



特許明細書の役割


請求項(claim)は発明を定義します。特許明細書(patent specification)の役割は請求項で定義された発明を詳しく説明することです。

請求項は発明の定義であるため、その一言一句が権利範囲を決めます。請求項は、権利解釈の可能性を広げるために抽象的な記載になりやすいです。もっとも神経をつかう箇所であり、何度も何度も書き直すこともあります。

特許明細書は発明(アイディア)の具体的な実現方法を「実施形態」として例示します。特許明細書は、具体的で実施に即した記載になります。
請求項と特許明細書は、抽象と具象の関係にあるため、両者の書き方はまったく異なります

特許明細書には、請求項の発明に関連することだけを書く必要はなく、関連の薄いことでも、まったく関連しないことも自由に書くこともできます。
字数制限もありません。たくさん書かなければならないということもありません。

たくさん書くことのメリット


特許明細書(実施形態)にたくさん書くことの主なメリットは下記の通りです。

(1)補正しやすくなります。
特許明細書に書いていることであれば、後日、請求項の記載(発明の定義)に取り込むことができます(補正)。特許明細書は、請求項(権利範囲)に取り込み可能な素材群という側面があります。審査状況に応じて「発明の定義」を微調整しやすくなりますので、素材豊富な方が権利化しやすくなります。

(2)分割出願を作りやすくなります。
特許明細書の記載を根拠として、後日、分割出願(別の特許出願)を作ることができます。(1)と同様、素材豊富であれば、1件の特許出願を母体として多数の特許出願をつくることも可能です。

(3)特許法36条(記載要件)違反の指摘を受けにくくなります。
特許法は、特許明細書において発明を十分に説明することを求めています。説明不十分だと特許査定になりません。たっぷり書けば大丈夫というものではありませんが、一般的傾向として、短すぎる明細書よりは安全と考えられます。

(4)他者が類似発明で特許権を取得するのを阻止します。
特許明細書の記載事項に類似する内容について他者は特許権を取得できなくなります(後願排除効)。他者の特許権取得を防止するための特許出願もあります(防衛出願)。

たくさん書くことのデメリット


特許明細書(実施形態)をたくさん書くことの主なデメリットは下記の通りです。

(1)料金が高くなります。
通常、特許明細書が長くなると弁理士報酬も高くなります。外国に出す場合、翻訳費用も高くなります。国によっては特許庁費用も高くなります。同じ内容でも日本語よりも英語の方がページ数は多くなりやすいので注意が必要です。

(2)チェック負担が大きくなります。
長文は書く方も大変ですが、読む方も大変です。誤字脱字や用語統一、論理の一貫性などをチェックする負担が大きくなります。

(3)開示しすぎてしまう。
メリット(4)の裏返しですが、開示しすぎることで、自社の開発動向を他者に知られやすくなります。他者に技術開発のヒントを与えてしまう可能性もあります。たとえば、実験データを載せることはメリット(3)を得られる反面、貴重な情報を公開してしまうリスクもあります。

明細書の長さを決めるその他の要因


そのほかにも明細書の長さを決める要因としては下記のものがあります。

(1)発明者からのリクエスト
発明には発明者の情念がこもっていますので、発明者として、あるいは、知財部の気持ちとして書いて欲しいことはあります。書いても意味がないと思ったことでも、あとで、効いてくることもあります。「こだわり」を感じる部分は書くべきだろうと思います。

(2)発明を理解してもらいやすくするため
審査官等の読み手に発明をきちんと理解してもらうために、一部では技術常識となっていることでも説明することもあります。複雑な技術の場合、技術説明は長くなりやすいです。

(3)慣習や好み
クライアントによって、業界によって特許明細書の長さや書き方について慣習があります。歴史の長い技術分野には「こうすれば特許になりやすい、権利行使しやすい、こういう風に書くもの」という実績や前例もあります。長い特許明細書でないと満足しない人もいますし、逆に長い特許明細書を嫌う人もいます。

ベテランの知財部員は、以上のような感覚をなんとなく持っているのかもしれません。

何を深く書くか、どこまで手広く書くかは、技術の性質やクライアントのニーズに応じて変わります。