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企業はなぜ特許を取るのか

三谷拓也 | 2019/03/01
「特許を取っても、使うことはほとんどないのではないか」と考える経営者も少なくありません。
しかし、特許は、単に他社を訴えるための権利ではありません。
自社製品を守るだけでなく、収益を得る、他社との交渉力を高める、企業の信用をつくる、社内の開発活動を活性化するといった、さまざまな役割があります。

特許権を取得することは、会社にとっても発明者にとってもひとつの成功体験だといえます。

特許権には、防衛、名誉、宣伝、商品、資産、攻撃・・・などの側面があります。
特許を取る目的を整理しておくことは、自社にとってどのような特許が必要なのかを考える出発点になります。
多様な顔をもつ特許権には、その目的に応じてさまざまな使い方があります。

(1)自社製品・サービスを守る


もっとも基本的かつ伝統的な使い方です。
ある製品を作り、その製品の特徴を特許権で守ることで、自社製品の類似品(競合品)を排除します。
(特許権の出来がよければ)類似品に脅かされることなく自社製品の独占販売が可能となりますので、この製品が魅力的であれば大きく儲かります。

たとえば、会社Xが膨大な株価データを分析したところ「株価がある状態Sにあるときには数日以内に株価は急上昇する可能性が高い」という発見をしたとします。
そこで、会社Xは、株価が状態Sになったときに「買いのサイン」を出すトレーディング・システムTを開発しました。
同時に、会社Xは「その株価が状態Sという状態になった銘柄をユーザに報知する」という特許権P1を取得したとします。


特許権P1があるので、他社は上記知見を盛り込んだ類似品を作ることができなくなります。会社Xはトレーディング・システムTを、おそらくは高い利幅にて独占的に販売できます。
特許権P1がなければ、他社も同じようなトレーディング・システム(類似品)を作ることができます。オリジナル品(トレーディング・システムT)が類似品によって市場から駆逐されてしまう可能性さえありえます。

営業力や資本力に劣る企業が新規事業を手がけるときには、特許権は命綱になることがあります。

特許は、単に発明を守るだけでなく、競合企業の行動を制限し、自社に有利な事業環境をつくることにもつながります。
特許はビジネスのルールをつくります(詳細はこちら)。

特許使用料(ロイヤリティ)を得る


特許権を他者に使わせるかわりに特許使用料をもらいます。
特許使用料は、契約時に一括してもらう方式もあれば(イニシャルロイヤリティ)、製品1台あたりいくらという方式もあります(ランニングロイヤリティ)。両者を組み合わせることもあります。

特許権者は地主のような立場となります。
土地(資産)を他者に使わせる代わりに土地使用料(不労所得)をもらう仕組みと同じです。

特許権者は、自社製品で儲けるべきか、他社に製品を作らせて特許使用料を稼ぐべきか、収益最大化を図れそうな方を選びます。

池井戸潤さんの小説「下町ロケット」では、中小企業を経営する主人公(特許権者)は大企業から特許使用を打診されますが、迷った挙げ句、自社製品にこだわる道を選んでいます。
一方、同作者の小説「陸王」では、特許権者の飯山は、主人公の会社に特許権を使用許可するとともにこの会社の技術顧問となっています。飯山の顧問料には特許使用料が含まれていると考えることもできます。

自社で事業を行うか、他社にライセンスするかは、特許の問題であると同時に、経営戦略上の選択でもあります。
 

(3)特許権を売却する


特許権を商品として売ることもできます。
使えそうな特許権(スジのいい特許権)を仕入れる専門業者(パテント・アグリゲータ)もいます。

以前、某国の業者と話をしたことがあります。その業者は日本の某社の多数の特許権をまとめ買いしました。教えてくれませんでしたが、おそらくそのときに買い取った数百件の特許権の中に「手に入れたい特許権」「流通させたくない特許権」があったのだろうと推測されます。

特許権は、製品を守るための権利であると同時に、売買や事業譲渡の対象となる企業資産でもあります。
 

(4)クロスライセンスの手札にする


自社の特許権を使用させる代わりに他社の特許権を使用させてもらいます。このような契約形態をクロスライセンスといいます。
特許的平和を維持するための不可侵条約と捉えることもできますし、特許権の相乗効果によってより魅力的な製品を作るための手段と捉えることもできます。
会員企業が特許権を拠出し合い、お互いに利用し合うパテントプールも、クロスライセンスの延長にあるといえます。

たとえば、会社Yが「他の投資家たちに比べて自分の投資力はどのくらいのレベルにあるのか」を分析できる診断システムDを開発したとします。
それと同時に、会社Yは「投資実績に基づいて、ユーザの投資力を数値(例:偏差値)として示す」という特許権P2を取得したとします。

会社Xとしては、特許権P2の機能をトレーディング・システムTに追加実装できれば、トレーディング・システムTの優秀さをアピールできる可能性があります。
会社Yも、特許権P1の機能を実装したトレーディング・システムを自分たちも作りたいと考えているかもしれません。

こういうときには、会社Xと会社Yはそれぞれの特許権をクロスライセンスします。両者の製品がいっそう魅力的となることで、WIN-WINの関係が成立するかもしれません。一般ユーザにとっても1つのシステムで両機能をまとめて使えることは便利です。

ただし、安易にクロスライセンスしてしまうと自社製品が競争力(オンリーワンとしての魅力)を失ってしまうリスクもあります。上記の例の場合、会社Xと会社Yはクロスライセンスをすることなくそれぞれの技術領域で棲み分けをした方がよかった可能性もあります。
特許権は、市場において交渉力をつけるためのツール、という側面があります。この交渉力を担保するのが、特許権の独占排他性という性質です。

ただし、交渉力は特許の件数だけで決まるものではありません。
事業に必要な技術をどのような特許の組合せで押さえているかも重要です。
複数の特許を事業の「手札」として構成したものを特許ポートフォリオといいます。

 (5)発明を奨励し、企業文化を育てる


特許権の取得は、発明者の名誉となります。
エンジニアは、たとえば、職務経歴書にどんな特許権を取得したことがあるかを記載すれば、転職に際して自分の市場価値をアピールできます。

特許出願を奨励することで、新しいモノを考えてみようとする企業文化が醸成されていきます。地味な効果ですが、長い目でみるともしかしたらこれが一番大きな効果なのかもしれません。

特許出願に際してアイディアを文章化・論理化することで知識が客観化され、知識が客観化されることで次のアイディアを創発しやすくなるという側面もあります。

経営者が特許や発明に関心を示すこと自体が、社員に対して「新しいアイディアを大切にする会社である」というメッセージになります。
特許活動は、すでに生まれた発明を処理するだけでなく、次の発明が生まれやすい組織をつくる活動でもあります。

(6)技術力と信用をアピールする


会社の技術力(レベルの高さ)をアピールできます。
特許権は企業ブランドを作るためのツールともいえます。

投資や融資を受け入れるとき、特許権を持っていることが評価されることもあります。
どんな技術をもっていてそれがきちんと守られている(少なくともそういう法律的な処置をしておかなければならないという意識をもっている)ことは、投資に際して評価ポイントになるはずです。

競合する可能性のある企業から投資を受け入れるときにも、特許権が交渉力を支えることもあります。
特に、まだ売上や実績が十分にないスタートアップや新規事業では、特許は技術の独自性や将来性を説明する材料になります。

(7)競合他社に権利行使する


特許権は、競合他社による模倣や市場参入を止めるための手段として使われます。
権利行使が常に生産的とは限りませんが、特許権には、商売敵の事業活動を合法的に制限できる武器という側面があるのも事実です。
実際に訴訟を起こさなくても、特許権を保有していること自体が抑止力となり、警告やライセンス交渉を有利に進められる場合があります。

特許を経営の道具として考える


特許権の使い方は以上に限られるものではありません。これからもいろいろな使い道が編み出されるだろうと思います。

大切なのは「特許を何件取るか」から考えるのではなく、自社の事業で何を実現したいのか、そのために特許をどのように使うのかを考えることです。
製品を守るのか、ライセンス収入を得るのか、他社との交渉力を高めるのか、技術力を社外に示すのか。目的によって、取得すべき特許の内容も、取得する時期も変わります。
また、開発が終わってから発明を探すだけでなく、新規事業や製品の構想段階から特許を検討することもできます。開発前から事業の基本コンセプトを特許で押さえていきます(詳細はこちら)。

特許は知財担当者や技術者だけの問題ではありません。
特許をどのように取得し、どのように使うかは、会社がどの市場で、どのように利益を上げるかという経営判断と直結しています。