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特許法第36条違反

三谷拓也 | 2019/09/23
特許法は、特許にすべき発明を定義しているのではなく、特許にしてはいけない発明を定義しています。

審査官は、特許審査に際し、特許法第29条、第32条、第36条などいくつかの条文に列挙される「ダメな理由」のいずれにも該当しなければ、特許査定にしなければいけません
逆の言い方をすれば、これらの拒絶系条文の適用をすべて回避できれば特許権を取得できます。

弁理士がやっていることは、すべての拒絶系条文を回避できるように、発明の表現と説明の方法を工夫することです。拒絶系条文さえ回避できれば、単純で簡単な発明でも特許権になります。


特許法第36条


拒絶系条文のうち、特許法第36条は「特許明細書がうまく書けていない」ことを指摘するための条文です。
このため、特許法第36条違反を指摘されることは「弁理士のエラー」と見なす人もいます。

特許法第36条は複数の内容を含みますが、特に重要なのは、
・第4項・・・・・・発明の説明がわかりにくい。
・第6項第1号・・・請求項に書いてあることが説明されていない、あるいは、説明はされているけれども不十分である。
・第6項第2号・・・請求項の記載が不明確であり、権利範囲がわかりづらい。
の3つです。

請求項は発明を定義します。
特許明細書は、請求項で定義された発明を説明します。

上記のうち、特許法第36条第6項第2号違反(以下、「不明確認定」とよびます)とは、請求項で発明が明確に定義されていない、という指摘です。

不明確認定は、弁理士の未熟さに起因することもありますが、権利範囲を拡大するためのチャレンジに起因することもあります。

明確性と権利範囲


ユーザの顔を撮影し、顔認証を実行し、顔認証に成功したとき、ユーザに特徴的なサービスを提供する装置、を発明したとします。

・発明定義1
請求項に「ユーザの顔を撮影し、顔認証を実行し・・・」とそのまま書けば、権利範囲は比較的明確です。
この場合、特許法第36条第6項第2号はクリアできるとします。

・発明定義2
検討したところ、この発明は、本質的には、顔認証でなければ成立しないわけではなく、指紋認証でも静脈認証でも成立するとします。
この検討結果を踏まえて、「ユーザの生体情報を取得し、生体認証を実行し・・・」と発明を表現すれば、権利範囲を拡大できます。
その一方、顔認証よりも抽象性の高い生体認証という言葉を使って発明を定義したため、少し曖昧になります。この曖昧さにより不明確認定される可能性は発明定義1よりも高まります。
 
・発明定義3
更に検討したところ、この発明は、生体認証にこだわる必要はなく、ユーザを特定できれば成立することが判明したとします。
この検討結果を踏まえて、「ユーザの識別情報を取得し、識別情報に基づいてユーザを特定し・・・」というもっと抽象的な表現を考えたとします。生体情報以外、たとえば、パスワードや合い言葉まで権利範囲に含むため、権利範囲はいっそう拡大されるとともに、不明確認定のリスクも高くなります。

 ・発明定義4
更に踏み込んで、「所定のチェック処理を行うことでユーザを特定し・・・」という表現までいくと、不明確認定リスクはもっと高くなります。

発明定義1から4のように請求項の記載を捨象・抽象するほど、権利解釈の余地が大きくなります
一方、権利範囲拡大というリターンを狙う代償として、「特許法第36条第6項第2号違反(不明確)」と認定されるリスクも高くなります。
また、発明の定義が緩くなると、その分だけ手厚い説明が必要となりますので、「特許法第36条第6項第1号違反(説明不足)」と認定されるリスクも高くなります。

発明を上手に定義できなかったゆえに「特許法第36条第6項第2号違反(不明確)」と認定されることもありますが、逆に、リスクを覚悟して大きなリターンを狙ったからこそ同様に認定されることもあります。

どこまでチャレンジするかは、クライアントのビジネス(権利範囲としてどこまで必要か)や性格(好み)、発明の成立性、過去のデータなどさまざまな要素を考慮して決めます。

明確性の補完


請求項(発明の定義)が多少曖昧でも、特許明細書の記載により(ある程度までは)明確性を補完できます。
たとえば、「生体認証」であれば、「顔、静脈、指紋」など認証の対象となる生体情報を列挙します。そのあと、「生体情報はこれらに限らず、人間の身体的特徴として得られる情報であればいい」のように定義します。この定義であれば、この特許権は、人間の癖(行動的特徴)までは「生体情報」として想定していないことがはっきりとします。

請求項で権利範囲拡大を試みつつも、特許明細書に例示と定義を記載することで権利範囲を安定させ、調整することができます。

請求項1の抽象性を高めるチャレンジする場合、保険として、もう少し具体的に表現した従属項を用意しておくというのも一つの方法です。

明確性と権利行使


権利範囲が明確であれば、権利行使しやすくなります。被疑製品が権利範囲内にあるかを判定しやすくなるためです。
権利範囲が曖昧であれば、権利行使しづらくなります。権利範囲を広く解釈される可能性もありますが、狭く解釈される可能性も出てくるためです。

不動産であれば所有地の境界線(権利範囲)は比較的明確です。
特許権(知的財産権)は観念的なものであるため、権利範囲を決めるときに「解釈(議論)」が必要となります。

特許権の使いづらさの一因はこの「解釈」の必要性にあります。
審査過程で特許法第36条違反が指摘された特許権は、出願人が意見書で権利範囲についての見解を説明していることが多いため、いいかえれば、権利範囲についての議論を知ることができるため、第三者が権利範囲を解釈しやすくなります。

特許法第36条は、特許権を使いやすくする条文でもあると思います。

参考:「特許侵害をギリギリで回避する」「特許は何を守っているのか