人工知能(AI)、モノのインターネット(IoT)、自動運転技術、産業機械の高度自動化、クラウド・コンピューティング技術などの飛躍的発展を背景として、製品および各種サービスにおけるソフトウェアの機能的価値と戦略的重要性は増大の一途をたどっています。
ソフトウェアに対する要求水準は高度化しており、開発投資額も増加しています。
たとえば、一部のゲームタイトルでは、数百億円規模の開発費がかかっているといわれます。

ソフトウェアの価値が高まれば、ソフトウェアという知的財産をきちんと守りたいという要求も当然高まります。
ソフトウェアは「作品」であり、「技術」であり、そして「機密」でもあります。
ソフトウェアをこの3つ側面から守るのが、著作権法(作品)、特許法(技術)、不正競争防止法(機密)という3つの法律です。
著作権法:表現は守るが、アイディアは守ってくれない
ソフトウェアという「作品(芸術?)」は、著作権法では「著作物」とよばれます。
ソフトウェア(著作物)が出来上がると著作権も自動的に発生する、というのが著作権法の考え方(設定)です。
知的財産は観念的なものですが、著作権は特に観念的です。
著作権を取得するための法的手続きは不要です。
したがって、著作物(ソフトウェア)の数だけ、世の中には著作権がある、ということになります(見えませんが)。
ソフトウェアの一部の機能を担うモジュールでも著作権は発生します。ゲームのダウンロードコンテンツ(DLC)にも著作権はあります。ソースコードにもオブジェクトコードにも著作権はあります。
法的手続き不要なので手軽なのですが、法的手続きをしていないがゆえに「何が著作物なのか」がわかりにくいという問題があります。
著作権法では、著作物とは「思想や感情を創作的に表現したもの(著作権法第2条)」であると定義されています。
ポイントは「表現」という言葉です。
たとえば、XさんがアイディアAを思いついたときには著作権は発生せず、アイディアAをつかって実際にソフトウェアS1をつくったとき(つまり「表現」したとき)、ソフトウェアS1(著作物)に著作権が発生します。
YさんがソフトウェアS2を開発し、このソフトウェアS2にアイディアAが使われていたとしても、ソフトウェアS2がソフトウェアS1に似ていないのならば、著作権侵害ではありません。
著作権法は、著作物という「表現」を守っているのであって、アイディア(発想)を守る法律ではありません。
アルゴリズムや通信プロトコルにも著作権は発生しません。アルゴリズムなどをソフトウェアとして実装すれば、このソフトウェアに著作権が発生します。
著作権侵害を主張するためには、対象物同士が相当に類似していることと(類似性)、後発のソフトウェアが先行のソフトウェアに「依拠」して作成されたこと(依拠性)を権利者が立証する必要があります。
つまり、「よく似ている」「たまたま似たわけではない(マネをされた)」という条件をクリアしなければなりません。
※ただし、「よく似ている」のであれば「たまたま似たわけではないだろう」という推定は働きます。
ソフトウェアをつくれば著作権は自動発生しますが、著作権侵害を裁判所に認めさせるためのハードルは高いといえます。
特許法:アイディアを守るが、審査がある
著作権が「表現」を守るのに対し、特許法は「アイディア(発明)」を守ります。
特許を取得するには、発明を記載した明細書を提出し、特許庁の審査を受ける必要があります。
したがって、世の中にある膨大なソフトウェアのうち、特許による保護を受けているものはほんの一部です。
特許を取得するためには法的手続きが必要ですが、特許明細書(特に、請求項)に権利範囲が定義されるため、「何が特許発明(保護対象)なのか」が明確化されます。
特許法では、特許の対象となる発明を「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度なもの(特許法第2条)」であると定義されています。
ポイントは「思想」という言葉です。
XさんがアイディアAを思いついたときには、アイディアAをつかったソフトウェアS1をつくる前でも特許出願できます。
つまり、アイディアAを思いついた段階で、特許を取得できます。
YさんがソフトウェアS2を開発し、このソフトウェアS2にアイディアAが使われていれば、ソフトウェアS2がXさんのソフトウェアS1に似ていなくても、特許侵害になります。
YさんのソフトウェアS2は、Xさんの特許発明であるアイディアAを使っているからです。
特許法は、発明という「思想」を守る法律であり、「表現」を守る著作権法とは考え方が異なります。アルゴリズムやプロトコルなどの「ロジック」も特許になります。
更に、特許法の場合、依拠性も関係ありません。
どういうことかというと、YさんがXさんの発明であるアイディアAを知らず、独自にアイディアAを思いついたのであったとしても特許侵害となります。
真似をしたのか独自のアイディアなのかという事情はまったく関係ないのです。
この問答無用さも特許法の特徴です。
XさんがアイディアAの特許をもっている以上、YさんはアイディアAとは違うやり方を考えなければいけません。
ソフトウェア特許は強力なのですが、その代わり、発明を公開しなければなりません。
暗号や検索エンジン、融資先の評価システムのようにアルゴリズムを公開したくないソフトウェアもあります。
アイディアを秘密にしたいときには特許は基本的にはなじみません。
とはいえ、本当に秘密にしたい核心部分だけを隠し、その核心部分と関わる周辺部分について工夫しながら特許を取得することで、間接的に核心部分を守ることはできます。
不正競争防止法:機密を守る最後の砦
不正競争防止法は、一言で言えば「ズル(不正競争)を禁止する法律」です。
著作権法や特許法のような「権利」を与える法律ではありません。
不正競争防止法では、営業秘密の不正利用を禁じています。
したがって、ソフトウェアが営業秘密にあたるのであれば、不正競争防止法による保護を受けられる可能性があります。
営業秘密と認められるには次の3つの要件を満たす必要があります。
1.秘密として管理されていること(アクセス制限、マル秘表示等)
2.有用な情報であること(業務に役立つ内容)
3.公然と知られていないこと(非公開)
たとえば、秘密のアルゴリズムを盗まれたときには、不正競争防止法違反として追及できます。
著作権法はアルゴリズムを保護しませんので、この点においては不正競争防止法にアドバンテージがあります。
特許を取得しておらず(または特許の権利範囲に入っておらず)、著作権侵害として追及するのも難しい、という状況でも不正競争防止法による救済を受けられる可能性はあります。
ただし、不正競争防止法によって損害賠償請求するには「故意や過失」の立証が必要であり、「営業秘密」に該当させるための管理体制についても立証が必要なので、実務上のハードルは高くなります。
著作権登録という選択肢
著作権は自動発生する一方、「いつ著作権が発生したのか」「誰に著作権があるのか」が曖昧になりがちです。
著作権のこのような不安定さを補う手段として「著作権登録」があります。
著作権登録制度を利用すれば、ソフトウェアについても「いつ創作したのか(いつ著作権が発生したのか)」「誰に著作権があるのか」を登録できますので、ソフトウェア著作権を存在証明できます。
登録費用も低額であり、特許に比べるとハードルが低い知財対策です。
著作権はふわふわした権利ですが、登録をすることでこういった不安定さはかなり緩和されます。
特許出願するほどの意欲はない、特許をとれるとも思わない、公開したくない、でも、著作権くらいはきちんと主張できるようにしておきたい、ということであれば著作権登録制度は有効な選択肢です。
※インターブレインでは著作権登録申請を代行できます。日本だけでなくアメリカや中国などにも著作権登録制度はあります。
複数の制度を使い分ける
著作権法、特許法、不正競争防止法にはそれぞれ特性がありますので、ソフトウェアの性質に応じた「使い分け」がキーポイントになります。
ソフトウェアを守りたいときには、秘密管理すべきか(秘密管理できるか)、特許によって積極的に権利化するべきかを考えます。
特許を取得する場合には、ソフトウェアのどんな特徴(セールスポイント)を特許にすべきかを検討します。
ユーザ・インターフェース(画面のデザインや操作性)は、特許で守ることもできますが、一定の条件を満たせば意匠法でも守ることができます。
基本的な考え方として、「見える特徴/わかりやすい特徴」は特許で守るべきです。
現代のソフトウェアは、製品価値を決定づけるものであり、競争力の源であり、知的財産のカタマリです。
「費用対効果」「公開リスク」「証明の容易さ」など、複数の観点から最適な防衛策をミックスすれば、知財戦略は格段にレベルアップします。
参考:「特許出願をするリスク」「一気に眺める「ソフトウェア」」