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特許出願前に先行技術調査をする意味はあるのか

三谷拓也 | 2025/07/13
発明が創出されると、特許出願すべきか否かを判断するために、先行技術調査を行うことがあります。
 

調査結果の受け止め方


先行技術調査では、提案された発明(以下、「発明A」とします)に類似する技術を記載している文献(先行文献)を探します。
類似技術が記載されている先行文献Kが見つかった場合、次のような3パターンの対応になります。

[パターン1:出願をやめる]

発明Aが先行文献Kに開示されているのであれば、発明Aで特許を取ることはできません。
特許出願しても拒絶される可能性が高く、費用対効果の観点からも出願を見送る判断となります。

[パターン2:相違点を活かして出願する]

先行文献Kが発明Aを完全開示しているとは限りません。
なんらかの相違点を探してみます。
どんなに微差であろうとも、その相違点によって先行文献Kにはない「特有の効果」があると説明できるのなら特許を取得できます。

わずかな相違点がビジネスの勝敗を決定することはめずらしくありません。

相違点が「微差」であっても特許として守る価値はあるかもしれません。
価値がありそうなら、価値を認めてもらうためのロジック(シナリオ)を考えます。

相違点があり、その価値を説明できれば、特許への道は開かれます。

[パターン3:発明を改変して出願する]

先行文献Kを克服できるように、先行技術を超えるような工夫を追加検討します。

先行文献Kの内容は確定していますが、出願前の発明Aには改変余地があります。
改変余地があれば、先行文献Kを克服できるはずです。
先行文献Kを克服する方法を考えてから出願すれば、特許を取得できます。


発明Aに似ている技術が見つかったとしても、特許を取得できないわけではありません。
類似技術が見つかっても、発明Aの特許を取得することで、他社のテリトリーに楔(くさび)を打ち込むという考え方もあります。
 

先行技術調査はコストがかかる


先行技術調査は、特許事務所や知財部が行います。
先行技術調査にはコストがかかります。

特許事務所に依頼する場合には、通常「5万円」「10万円」などの予算を示します。
特許事務所は予算枠の範囲内でベストエフォートにて先行技術調査を実施します。

知財部が対応する場合もコストはかかります。
知財部員は、先行技術調査をしているときには他の仕事ができません。
知財部全体として先行技術調査の負担が大きくなると、長時間労働や知財部の増員につながります。

企業によっては発明者に先行技術調査をさせるところもあるようですが、忙しいエンジニアに先行技術調査の方法をマスターしてもらうのは負担が大きいですし、負担が大きいと出願意欲の低下を招く可能性もあります。
 

“充実化”による拒絶リスク対策


先行技術調査にかけるコストを減らす代わりに、出願にコストをかけるという考え方もあります。

発明Aが創出されたとき、発明Aを基軸として追加発明を考えてみます。
パターン3では、先行技術調査の結果に基づいて発明Aを改変しましたが、このケースでは発明Aを開示する先行文献Kが見つかる可能性を想定した上であらかじめ発明Aを充実化しておきます。
発明Aの性能を少しアップさせる追加発明B、発明Aを少し使いやすくするための追加発明C・・のように発明Aを活かす追加発明(小ネタ)を考えてみます。

特許庁に審査料を支払うのだから、審査官に調査してもらえばいいと割り切ります。
その代わり、どんな審査結果になっても対応できるようにしっかりと準備をしておきます。

特許審査の結果、発明Aを開示する先行文献Kが見つかったとしても、「A+B」「A+C」で特許を取得できます。
発明「A+B」「A+C」を開示する先行文献が見つかったとしても「A+B+C」なら特許を取得できます。

発明Aを開示する先行文献はあるかもしれないが、もしかしたらないかもしれない。
発明Aを開示する先行文献はないと思われるが、もしかしたらあるかもしれない。

こういうときには、発明Aを開示する先行文献が見つかる可能性をいったんは想定しておきます。

発明A、B、Cすべてを開示する先行文献が見つかる可能性は低いですし、もしかしたら発明Aだけで特許を取得できるかもしれません。
発明A単体で出願するのではなく、発明Aを多段的に展開させ、特許明細書を充実させることに力を注ぎます。

ちょっとしたアレンジを考えるという手間をかけておけば特許査定になる確率は格段にアップします。
 

エンジニアの“現場知”を活かす


先行技術調査以外の方法として、エンジニアに「発明Aに似ている技術を知っているか」を聞いてみるという方法もあります。

経験上、エンジニアの知見はかなり信頼できます。
発明者本人に聞いてもいいですし、発明Aの技術分野に詳しいエンジニアの意見を聞いてもいいです。

先行技術調査は、コストをかけたくないため、通常、日本の特許文献だけが調査対象になります。
エンジニアは海外事例や業界の最先端に詳しいので、先行技術調査よりも精度の高い情報を得られる可能性があります。

エンジニアは、他社技術を意識しながら開発をしているので、「こういう技術はないはず」「こういう技術はあるかもしれない」という独特の「土地勘」を持っています。

エンジニアから「同じような技術はないと思う」と言われた場合には、発明A以上を狙えるかもしれません。
たとえば、発明Aの一部だけでも新規であり、その一部だけでも「特有の効果」を説明できるのなら発明Aの上位概念化にチャレンジしてみる価値はあります。

まとめると、発明Aが創出されたときには、発明Aの特許性が否定される場合に備えて、追加発明B、Cを考えてみます。追加発明は発明Aのアレンジやバリエーションのイメージです。
ついでに、発明Aを上位概念化した請求項もつくっておけば、取れたはずの権利の取りこぼしを防ぐことができます。

先行技術調査のその他の効果


先行技術調査によって、他社の危険な特許を発見することがあります。
危険な特許を発見できれば、特許侵害にならないように、新製品の設計を変更することでリスク回避をします。

特定の発明ではなく、特定の技術分野を俯瞰するための先行技術調査もあります。こういうタイプの先行技術調査では、競合他社の出願傾向が見えてきます。
出願傾向がわかれば、競合他社の強みと弱み、力を入れている技術などがわかってきますし、事業戦略を練る上でも有用な判断材料となります。
先行技術調査によって商機が見つかることもあります。
 

先行技術調査をすべきなのか


先行技術調査は万能でも必須でもありません。
今後AIによる先行技術調査が一般化すれば、調査コストは下がるかもしれません。それでも、調査品質や調査結果の解釈によっては不適切な判断につながるリスクもあります。

発明の性質や目的、重要度、先進性に応じて、先行技術調査をやるか、やるとすればどのくらい注力するか、調査結果をどのくらい重視するかについて、柔軟に考えることが大切です。

参考:「特許を潰したいときにはどうすればいいのか」「基本特許を取られても逆転は可能