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雪見だいふくを守る特許

三谷拓也 | 2020/01/02
ロッテの「雪見だいふく」は1981年に発売されたロングセラー商品です。
ロッテのホームページは「雪見だいふく」を、アイスをやわらかなおもちで包み、その丸みを帯びた形状と食感でほのぼのと和ませるだいふくアイスと紹介しています。

「雪見だいふく」のパッケージには「特許第4315607号」と記載されています(以下、「607号特許」とよぶ)。

この607号特許を調べてみました。

餅皮の発明


607号特許は、2001年に出願されています。
したがって、出願から20年後の2021年に607号特許は満期終了(失効)となります。


607号特許の特許明細書の段落【0004】には、

前記粘弾性物(※雪見だいふくの餅状の皮部分のこと)は、流通時の取り扱いの不手際、保存条件の不備等により雰囲気の温度が著しく変動し品温が過度に上昇したような場合、その後の保存状態がいかに良好であっても、保存中に緩やかに組織、食感が劣化する現象が起きることがあるという問題点が見出されている・・・(中略)・・・その原因はでん粉の老化に由来するものと考えられている。

とあります。

また、段落【0005】には、この発明の目的は、

被覆冷菓が一般の冷菓よりも過酷な環境下に置かれる可能性が高いことを考慮して、このような条件下においても長期にわたって食感の劣化が無く、良好な組織、食感を有する冷菓類に使用し得る粘弾性物を調製し、風味、食感のより一層改善された、優れた被覆冷菓を提供するものである。

と述べています。

すなわち、607号特許の発明は、保存中の餅皮の劣化を問題として認識し、劣化しづらい被覆冷菓(雪見だいふく)をつくることを目的としています。

607号特許の請求項1(権利範囲)は、

もち米:うるち米が略100~85:0~15で構成されるでん粉糖類との混合加熱により得られる粘弾性物にて冷菓類を被覆する被覆冷菓からなり、前記粘弾性物が、でん粉を3~55重量%、砂糖と麦芽糖が1:0.5~2の比率で全糖類量の50重量%以上を占める糖類を20~70重量%、水を25~40重量%含有することを特徴とする被覆冷菓。

です。

この請求項1を読み解いてみます。

餅皮の条件


まず、607号特許は、被膜冷菓(雪見だいふく)のうち、粘弾性物(餅皮)に関する権利です。具材(アイスクリームなど)は関係ありません(具材はなんでもよい)。

粘弾性物は「でん粉(デンプン)」「糖類」「水」という3成分を含み、これらを混合または混合しつつ加熱することで作成されます。

この3成分について、以下の6つの条件が成立します。

・条件1(でん粉の構成):でん粉に含まれるもち米とうるち米の重量比が100~85:0~15であること。つまり、もち米100%であっても条件1は成立します。うるち米を混ぜるときには15%以内でなければなりません。

・条件2(でん粉の割合):粘弾性物におけるでん粉の割合(重量比)は3~55%の範囲であること。

・条件3(糖類の構成):糖類に含まれる砂糖と麦芽糖の重量比が1:0.5~2であること。以下の条件4,5も関連しますが、特許明細書によれば糖類の配合は重要ポイントのようです。

・条件4(糖類の構成):砂糖と麦芽糖だけで、糖類における割合(重量比)の50%以上であること。

・条件5(糖類の割合):粘弾性物における糖類の割合(重量比)は20~70%の範囲であること。

・条件6(水の割合):粘弾性物における水の割合(重量比)は25~40%の範囲であること。

以上の6条件を成立させれば長期にわたって食感の劣化が無く、良好な組織、食感を有する粘弾性物をつくることができる、というのが607号特許のポイントです。
3成分(でん粉、糖類、水)を含み、6条件が成立する粘弾性物を使った被膜冷菓(雪見だいふくモドキ)を無断販売すると特許侵害となります。

餅皮の実験


特許明細書によれば、発明に至るまでにいろいろな条件で実験したようです。

607号特許の特許明細書の段落【0031】には、

この冷菓を-40℃の条件下で2時間硬化した後、家庭用冷凍庫(-18℃)で1時間放置した後に食してみたところ、アイスクリームを被覆している粘弾性物は柔らかなもち様の食感を有しており、かつその伸び方は普通のもちに遜色ないものであった。また、アイスクリームは適度な硬さと滑らかさがあり、被覆している粘弾性物と非常に良くマッチし美味であった。

とあります。

機械計測ではなく個人の感覚に基づく判定のようですが、誰が判定したのか(発明者?ロッテの一般社員?消費者?弁理士?)、1人による判定なのか複数人による判定なのか、複数人による判定であればその判定結果については大多数の合意がとれているのか、などは特許明細書からはわかりません。

ともあれ、以上の6条件のどれかを成立させない製品であれば特許を回避できます。たとえば、でん粉の割合を60%にした「雪見だいふく的な製品」であれば、条件2が満たされないため特許侵害にはなりません。
もしかしたら、でん粉の割合を60%まで増やすと、食感が落ちる、伸びが悪くなるなど、なんらかの副作用が出てくるのかもしれません。このあたりは、実際に作ってみないとわかりません。

先行特許


607号特許の特許明細書は、2つの先行特許があったと述べています。1つ目は特公昭59-6624号(以下、「特許A」とよぶ)です。雪見だいふくの発売年である1981年の出願です。

特許Aの請求項1は、

略アミロペクチンより構成されるでん粉と糖類と水との混合加熱により得られる粘弾性物にて冷菓を被覆することを特徴とする被覆冷菓。

とあります。非常にシンプルです。

もち系のでん粉と糖類と水を混合加熱してつくった粘弾性物というだけの内容であり、条件1~6は含まれていませんので、607特許よりも権利範囲は格段に広いです(特許A>607号特許)。
特許Aは、2001年に満期終了となっています。

2件目は特許第2882827号(以下、「特許B」とよぶ)です。1989年の出願です。こちらは明治乳業の特許です。

特許Bの請求項1は、

もち米:うるち米が略90~85:10~15で構成されるでん粉と糖類と水との混合加熱により得られる粘弾性物にて冷菓類を直接全面被覆してなることを特徴とする結着性良好な複合冷菓。

とあります。

特許Aと似ていますが、条件1が追加されていますので、特許Bは特許Aよりも権利範囲は狭いです(特許A>特許B)。特許Bは特許Aの改良特許だと考えられます。
特許Bは2002年に権利放棄されています。

607特許は、条件1に加えて、条件2~6が追加されています。特許Aが失効することで雪見だいふくが「特許的な意味での丸腰」になってしまうのを防ぐために607号特許を出願したのかもしれません。
単純比較はしづらいものの、総合的にみれば、条件1~6を満たす製品でなければ侵害品とならないので、特許Aに比べると防御力はかなり落ちてきているという印象です(特許A>特許B>607号特許)。

雪見だいふくが発売されて40年になりますが、特許で守るのもそろそろ限界かもしれません。

参考:「死んだ特許を復活させる」「発明の信憑性