ページトップへ
Language
JA
EN

特許を封じ込めて乗っかる戦術

三谷拓也 | 2020/03/21
特許権とは、
無形のアイディアに対して、
特許法という特別法により、
物権としての性質
をもたせたものです。

そして、物権とは物を直接的に支配する権利ことです。

本来、他人の物権には簡単に手を出せないはずですが、特許権の対象となるのは曖昧模糊としたアイディア(「発明」という名の概念)なので、他人の特許権を実質的に自分のものにできるという特殊な場面があります。


発明がかぶる


X社が特許出願AXをしたとします。
特許出願AXの請求項をCX1、特許出願AXの明細書の記載内容をBXとします。
CX1には権利請求したい発明が定義されており、BXには発明の実現方法をはじめとしてさまざまなテーマが比較的自由に記載されています(CX1∈BX)。

Y社が少し遅れて特許出願AYをしたとします。
特許出願AYの請求項をCY、特許出願AYの明細書の記載内容をBYとします(CY∈BY)。

後発の特許出願AYの特許審査が先に完了し、特許査定を受けたとします。このとき特許出願AYは特許権PYになったとします。
なるべく話を簡単にするため、特許権PYの請求項はCYであるとします(出願時と同じ)。

まとめると、
・先の特許出願AX(CX1,BX)は出願係属中。
・後の特許出願AY(CY,BY)は特許権PY(CY,BY)となった。
という状況です。

ここで、明細書BXには請求項CYに対応する内容(アイディア)が記載されていたとします(CY∈BX、かつ、CY∈BY)。
ただし、請求項CX1と請求項CYは異なります(CX1≠CY)。
明細書BXと明細書BYは一部内容において重複する部分があり、その重複部分に請求項CYがあります。X社は請求項CYに相当する内容については権利請求をしていません。


こういう場合、特許権PYは無効です。
特許権PYの請求項CYは、先に出願された特許出願AXの明細書BXにすでに記載されているので「最初の発明」ではないからです(CY∈BX)。
特許審査にミスがあったといえます。

X社は明細書BXを根拠として特許権PY(請求項CY)は無効である、と申し立てることができます。

照準を動かす


変則的な方法として、X社は、特許出願AX(出願係属中)の請求項CX1をCYと同一のCX2に自発補正によって変更します(CX1≠CY=CX2)。
この場合、特許出願AX(CX1,BX)は、特許出願AX(CX2,BX)となります。
CX2=CYなので、特許出願AX(CX2,BX)とは、特許出願AX(CY,BX)であるともいえます。




こうなると、特許権PY(CY,BY)は「請求項CYが明細書BXに書かれている(特許法29条系)」だけでなく「請求項CYは請求項CX2と同じである(特許法39条)」という2つ目の無効理由を抱え込むことになります。

その後、特許出願AX(CX2,BX)が、(記載ではなく実体的な)拒絶理由を通知されたとしたら、CX2=CYなので、Y社の特許権PY(CY,BY)が特許査定を受けているのはおかしいということになります。
まったく同じ発明(CX2=CY)なのに、Y社ならOKでX社ならNGというのは不合理だからです。

特許出願AX(CX2,BX)が特許査定を受けたとしたら、CX2=CYなので、やはり、Y社の特許権PY(CY,BY)が特許査定を受けているのはおかしいということになります。
まったく同じ発明(CX2=CY)なので、Y社よりも先に発明したX社にこの発明の特許権が与えられるべきだからです。

少なくとも、特許出願AX(CX1,BX)において、CX1→CX2(=CY)への自発補正が認められるのなら、請求項CX2(=CY)は明細書BXに記載されているということになります。となると、Y社の請求項CYはX社の明細書BXに書かれているということになり、請求項CYが「明細書BXに書かれている(特許法29条系)」と審査官に認定してもらったことになります。

このような補正をしておけば、無効審判をしなくても特許権PY(請求項CY)が無効な特許権であることを明らかにすることができます。

特許権PYに対して、特許出願AXの明細書BXを根拠として無効審判をかけた場合、請求項PYが明細書BXに記載されているといえるのかという解釈論になります。
X社としてほぼ確実に無効だと思っても無効になるとは限りません。
明細書(開示内容)BXと請求項PYは少しずれているのではないか、文脈(意味や趣旨)が違うのではないか、という方向に議論が流れていく可能性があります。

一方、請求項CYとまったく同じコピーのような請求項CX2をつくっておけば、特許出願AX(CX2,BX)の審査過程に基づいて特許権PY(CY,BY)が無効であることを高い確度で証明できます。
39条(請求項同一)は見た目から明らかで、解釈の入り込む余地がなく、無効審判をかけるまでもなく素人目にも特許権PYが無効であることは明白となります。

特許出願AXを自発補正して請求項CX2を作成してもいいですし、分割出願をつくって請求項CX2を作成してもいいです。

請求項CX2をつくることにより、特許権PY(請求項CY)を使えない権利として封印できます。

Y社は、特許権PYを活かすためには請求項CYを訂正する必要がありますが、訂正してくれば権利範囲は小さくなりますし、X社は訂正後の請求項に対してしつこく同じ手を使えるかもしれません。

こういう戦術は、
(1)特許権PYを封じ込めたい、という場面だけでなく
(2)特許権PYの請求項CYを自分のものにしたい、という場面でも有効です。

たとえば、請求項CX1よりも請求項CYの権利範囲が広いとか(そんなに広い権利を狙えるとは思っていなかった)、請求項CYのようなポイントで権利を狙うという発想がなかった(当初、CYに該当する「発明」に権利請求する価値があると思っていなかった)、などが理由として考えられます。

照準可能範囲を広げておく


仮想事例として、特許出願AXの明細書BXには「イベント期間中は敵の出現率が高くなるゲーム。敵の強さを変化させてもよい。」と記載されていたとします。権利請求対象として、請求項CX1には「イベント期間中に敵の出現率が高くなる」というポイントが記載されているとします。

CX1:敵の出現率
BX:敵の出現率。敵の強さ。

特許出願AYの明細書BYには「イベント期間中は一部の敵が強くなったり弱くなったりする」と記載されていたとします。権利請求対象として、請求項CYには「イベント期間中に敵の強さが変化する」というポイントが記載されているとします。

CY:敵の強さ
BY:敵の強さ

X社は、「イベント期間中に敵の強さが変化する」というアイディアは思いついていたものの「特許権に値するほどのアイディアだとは思わなかった」「そこを権利請求するという発想がなかった」という場合もあります。
こういうケースはよくあります。
後で考えてみると「イベント期間中に敵の強さが変化する」というのは案外いいアイディアだったとわかることもあります。

上記例の場合、Y社は「イベント期間中に敵の強さが変化する」というアイディアを権利化できています(CY)。
X社は特許権AY(CY,BY)を読むことでこのアイディアの価値を認識し、しかも、自分たちの方が先にそれを思いついていたと思い出すことがあります。
あるいは、単に、CYの権利は特にいらないけれども、かといってY社の特許権(独占権)にしておくわけにはいかないということもあります。 

こういうとき、X社は、特許出願AYを補正してCX1→CX2(=CY)とすることにより、上述のように特許権PYを実質無効化し、しかも、CYを自分たちの特許権にすることができます。

発明は、技術常識(蓄積されてきた知的資産)を思考素材として行われるので、同じような技術分野で同じような技術常識をもっている人たちが開発競争をすると同じようなアイディアに行き着くことがあります。
技術開発の激しい技術分野では、同じようなアイディアが同時多発的に創発することはめずらしくありません。
したがって、特許出願するときには本命案(「・・である」)だけでなく派生案(「・・でもよい」)を考えることも大切です。また、競合他社の特許出願を監視する体制もあった方がいいです。

他社の特許出願を監視しつつ、自社の特許出願の記載内容を把握しておければ、戦術や対策を錬りやすくなります。 

参照「特許明細書は長い方がいいのか」「特許は何を守っているのか